森の声を家でも聴きたい。そう思ってからも、しばらくは手に持った録音機で録っていました。
けれど、それでは録れないものがあります。夜と、朝いちばんです。
人が立っていれば、鳥は警戒します。それに、一晩中そこに立ってはいられません。
録音機だけを、森に置いてきたい。
そう思うようになりました。
そのことを友人に話しました。手先がとても器用で、日曜大工の得意な人です。
「森に録音機を仕掛けたい」
そう言っただけでした。
すると あっという間に木箱を作り上げて、家まで届けてくれたのです。

【左が手先の器用な友人が作った木箱。右が僕の作った木箱】
驚きました。頼んだつもりもなかったのに、もう出来上がって、目の前にある。
その箱が、また良いのです。
まるで小鳥の巣のように、丸くくりぬかれています。
その中に、録音装置を仕込みます。高価な機械ですから、鍵もかけられるようにしてありました。防水の仕組みもついていて、雨風をきちんとしのげる作りです。
森に置いてくるものに必要なことが、ぜんぶ入っていました。私が言葉にしていなかったことまで、入っていました。
【写真:箱の中、または録音機を入れたところ】
ふたつ目の木箱は、彼が作ってくれた箱を真似て、自分で作りました。
録音機を仕掛けるとき、ここにも仕掛けたい!あっちの方がいいかなと、場所をとても悩みます。なので、2か所に仕掛けたくなったのです。
出来ばえは、やはり本職には及びません。それでも、どちらも小鳥の巣のような、かわいい木箱です。
いまでは、この2つが私の相棒です。
森に溶け込ませる
仕掛けるときは、箱をそのまま置いてはきません。
遮光ネットなどの黒いネットをかぶせ、草や木の枝で覆います。
そうして、森に溶け込ませてくる。人の目に入らないように、そして、そこにあることを森に忘れてもらうように。

展望台付近。仕掛けるポイントを決めたころにはもう夕暮れ過ぎ。
帰り道は暗闇でした。怖いので大声で歌いながら下山です。
ところが、これがうまくいきすぎたことがありました。
回収に行ったら、場所が分からなくなったのです。
自分で隠したのに、自分で見つけられない。山の中は、どこも同じように見えます。あの木だったか、その先だったか。
この時は記憶だけを頼りになんども最初からやり直して、どうにか見つけることには成功しましたが。
それからは、仕掛けた場所の動画を撮ることにしました。
撮りながら、声に出して言うのです。
ここの木の間から入って、 何歩くらい山を登って行って、 そこを右へ何歩くらい。
あとで見返すと、自分の声が道案内をしてくれます。録音機を仕掛けに行って、自分の声を録って帰ってくる。 おかしなものですが、これがいちばん確かでした。
箱が持って帰ってくるもの
仕掛けた箱は、一晩か二晩、ひとりで森にいます。
回収して、家で聴く。そこには、私がいなかった時間が入っています。
動物の雑音が、たくさん入っていることがあります。
何かが箱のまわりを歩いている。ガサゴソと、近くで何かをしている。その正体は、いまも分かりません。
その日の録音はとてもいい雰囲気でした。
今日は風も穏やかみたいだし、早朝の小鳥の声が鮮明にきれいに録音出来てるはずだぞ!ぼくはわくわくしながら録音を聞いていました。
すると、夜明け前3時過ぎころから、ガサゴソ、ガサゴソ、ガサゴソ、ガサゴソ。ずっと何かいる。それはそれから3時間くらい夜明けまで続いて、期待していた早朝の小鳥の声は、ガサゴソ音にまけて残念な録音になってしまいました。
雨の音が入った夜もありました。
それが、とてもロマンチックな音だったのです。
森に降る雨は、地面に落ちる音だけではありません。葉を打つ音、枝を伝う音、遠くの雨。そして、木箱に直接落ちるしずくの音。いくつもの高さの音が重なって、ひとつの音になっています。
狙って録れたものではありません。箱が、勝手に持って帰ってきてくれたものです。
そして、夜中の虫の音。
あれは不思議でした。とてもひんやりとしているのです。
音に温度があるとは思っていませんでした。けれど、夜中の虫の声を聴いていると、何とも言えない、ひんやりとした気持ちになります。昼の森とは、まったく別の場所のようです。

夜中の森でみつけた、鮮やかに咲いている紫色の紫陽花
小鳥の声を録りに行って、小鳥以外のものを、たくさん持って帰ってきました。
雨の夜、虫の夜、何かが歩いていた夜。
目覚ましアプリの「眠りの音」には、そうして録れたものが入っています。 深夜の森、雨の夜、鈴虫の声。どれも、木箱が留守番をして持ち帰ってきたものです。
次は、山でじっと立っていた十分間のことを書こうと思います。動けない。けれど、極上の時間でした。
岐阜の山あいから、羽賀明人

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