私は、市街地のマンションに住んでいます。
森の話ばかり書いてきましたが、家にいても、美しい声はよく聞こえてきます。
その中でも、いちばん好きな声がありました。
屋上とアンテナ
聞こえてくるのは、いつも2羽です。
あっちの建物の上と、こっちの家の屋上。
距離はたぶん、100メートルは離れていました。
けれど、二人の間に、邪魔するものは何もありません。
建物と建物のあいだの、何もない空間。そこを声がまっすぐ渡っていきます。地上には車も人もいるのに、その高さだけは、あいている。
二人っきりで、よく会話をしています。
毎回、違う
聞いていて驚くのは、鳴き方が決して単調ではないことです。
毎回、違う鳴き方をします。
同じ節を繰り返しているのではありません。少しずつ変えて、返して、また変える。
それは紛れもなく、会話としか思えないものです。
この話し方を、一度聞いて、言葉で真似てみようと思ったことがあります。
これが、なかなかうまくいきません。
僕に聞こえた声は、こんな具合です。
「プルーピポー。ツツピピ。チチ。」
「ツピチー。」
「ツルピチーツピチチ。」
書いてしまうと、たったこれだけです。本物は、この何倍も複雑で、何倍も美しい。
本当に美しい。そして、いつまで聴いても飽きません。
名前を、間違えていました
ここまで、私はこの鳥を オオルリ だと思っていました。
青い鳥。美しい声。そう思い込んで、何年も聴いていました。
ところが今回、この記事を書くにあたって、自分で撮った写真を見直してみたのです。
お腹の色が、白くありませんでした。
オオルリは、お腹が白い鳥です。そして何より、山の渓流沿いの森にいる鳥で、市街地の屋上で歌うことは、ふつうはありません。
この鳥は、イソヒヨドリでした。
なーんだ、と思いました。 私はずっと勘違いしていたのです。
けれど、名前を知って、その鳥のことを読んでみたら——なるほど、と思うことがありました。
イソヒヨドリは、もともと海岸の鳥なのだそうです。「磯」のヒヨドリ。岩場や防波堤で歌っていた鳥です。
それが近ごろ、内陸の街にも広がってきている。 屋上やアンテナを、岩場の代わりにして。
そう知ってから、あの2羽の会話が、少し違って聞こえるようになりました。
あれは、海の鳥が、街の屋上で歌っている声だったのです。
いちばん近くで聞こえるのに
ここまで書いて、おかしなことに気づきます。
この声は、私がいちばん身近に聞いている声です。山まで行かなくても、家にいて聞こえるのですから。
それなのに、私はこの声を、まだ録れていません。
理由ははっきりしています。街だからです。
車の音、人の声、エアコンの室外機、遠くの工事。マイクは、私の耳が聞き流しているものを、全部拾ってしまいます。
耳は、聴きたい音だけを選んで聴くことができます。マイクには、それができません。
いちばん近くで聞こえるのに、いちばん録れない鳥。 それが、この鳥です。
いつか
いつか、この声の特集を録りたいと思っています。
けれど、名前が分かったことで、行き先が変わりました。
森ではありません。海です。
岩場で、波の音を遠くに置いて、あの長い会話を最初から最後まで録る。その日は、まだまだ先になりそうです。
この小鳥たちがたくさんいる季節を選んで、海の方へ旅行に行って数日に渡ってたっぷり録音したいです。
これができたら、本当にうれしいです。
そして、絶対に、目覚ましの音源で使います。
私も、すごく楽しみにしています。
それにしても。
名前を知らずに、何年も聴いていました。
名前を知らなくても、美しいものは美しい。けれど、名前を知ると、その鳥がどこから来たのかまで、分かるようになります。
間違えていて、良かったのかもしれません。
岐阜の山あいから、羽賀明人

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